大好きなランクル70にいつまで乗れる?高齢者事故報道に触れて思うこと。

大好きなランクル70にいつまで乗れる?高齢者事故報道に触れて思うこと。

いつまでも、自分が運転できる(と思っている)限り、相棒として、家族として共に過ごしたい、過ごすつもりのランクル70 。

では、人生100年時代と言われるけれど、実際のところ、いつまでランクル70に乗れるのか?

この先、テスラなどの電気自動車躍進によるガソリン車、ガソリン販売の駆逐。

ドローンが進化した空飛ぶ移動手段の普及と、これによるタイヤで走る車の駆逐。

航路設定や、免許制度の整備にそれなりに時間がかかるだろうし、一部のセレブの移動手段となり、車と共存する可能性が高い気もするものの、数十年の間にはあり得なくはない。

もしかすると、こんな環境変化で乗れない時代が先にくるかもしれないけれど・・・

今、やっぱり気になるのは、この先、歳を取り、どんなタイミングで免許返納を決断して、ランクル70で走る生活に分かれを告げるのか。

高齢者の事故が増えたかどうか、数字での推移を見た事がないので分からないけれど、マスコミがさかんに報道していて、社会問題化していることは間違いない。

明るい将来を一瞬にして奪われてしまった子供や、事故によって、人生終盤にすべてを失う過酷な状況に陥る高齢者、それらの親族、すべてが痛ましくて見ていられない。

いつ、自分の親が加害者になり、自分の子供が被害者になるか分からない恐怖も感じる。

高齢化が進み、高齢者が増えたから、増えてるのは事実なのかもしれない。

自分を振り返ると、車の運転、ランクル70の運転が好きで、週末の移動はほぼランクル70 。

今、40台半ばだけれど、いずれ歳を取り、仕事をしなくなったら、毎日のように車をイジり、乗り、釣りに行って、また車をイジり、そんな暮らしを当然の前提として過ごしているから、そこには当然、ランクル70があり、運転できる自分がいる。

免許返納なんて他人事と考えてるうちは、何歳かになったら一律免許返納もやむなしじゃないか、とか、自分で衰えを感じたら乗るべきじゃない、なんて理想論は言える・・・

でも、ひとたび、自分や、自分の親の事になると、そう単純じゃない。

日々の買い物、畑への足、駅までの送迎、などなど、車での移動が高齢者本人にとっては欠かす事のできない体の一部のような存在ということもある。

十分な公共交通が存在しない場所に住んでいる場合、車に乗れなくなることが、楽しい余生を失う事とイコールになってしまう場合だってあるだろう。

ランクル70 愛好家なら、弄り、乗る事が生き甲斐と言うこともあるだろうし、自動運転機能の後付けが普及して、周りが全て自動運転車になってもMTガチャガチャして走る事を譲らないだろう。

ランクル70のドリンクホルダーカスタム

いくらでもタクシーを使える著名人が免許返納したからといって皆が追随できるわけでもない。

孫がいるかいないかでも、最近の事故の受け止め方に大きな差があるかもしれない。

そんな諸事情はだれにでも身近にあるからこそ、これだけ社会問題風になりながらも抜本的な対策は講じられずにいるんだろう。

高齢化社会で、高齢者を敵に回せばたちまち選挙で勝てなくなるから政治が二の足を踏むのは当然の帰結だ。

MT車なら、オートマ車だからこそ起こる、アクセルとブレーキの踏み間違えは起こりにくい、という論法でMT車の利点が語られる事はあるけれど、右左折時の判断ミス、遅れや逆走はミッション型式に関係ない。

ランクル70(MT) だから、というのは不安要素の一部を取り除く可能性があるに過ぎない。

自分もいずれ高齢者になり、当事者として難しい判断に迫られる。

その時、どうやって自分の運転能力に見切りをつけて免許を置くのか、答えは見つからない。

いっそ誰かに明確なルールを決めてもらった方が楽なんだろうけど、大衆風の風見鶏にならざるを得ない政治は、当面、保険制度と自己責任論の影に隠れて過ごすだろうから、それは無理だろう。

答えはないけど、自分の親が後期高齢者世代になり考える必要に迫られているし、自分自身の事としてもいずれ直面する課題。

ランクル70 が好きで、いつまでも乗りたいという思いが強いからこそ、自分の事として捉えて真剣に考え続ける事からは逃げちゃいけない。

でも、本当に難しい、切実な問題だ。

 

ランクル70で北軽井沢

ランクル70も発売開始から35年位経過?

発売当初40歳位で購入した人が、そろそろ後期高齢者世代。

実際、この問題に直面しているオーナーさんも居るんだろうなぁ・・・

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