プラドはランクル?

今、SNSでプラドはランクルか?が話題になっている(正確には自分に推奨される投稿を見てると、話題のように感じる)。


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もともとの、この問いを投げかけたプラドオーナーは、もちろん盛り上がりそうな「ネタ」として投稿したのだろうが、その狙い通りの展開になってるようだ。

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プラドは客観的事実として、メーカー(トヨタ)が「ランドクルーザープラド」と名付けたので、ランドクルーザー(の仲間)だ。

ランドクルーザーブランドサイトより

それ以上でもそれ以下でもない。

多くの人がこの話題に期待するような、機能がどうとか、性能がどうとか、生い立ちがどうとか、そんなことはどーでも良い。

こんな簡単な事なのになぜプラドはランクル?なんて事が話題になり得るのか。

簡単なことで、人には「思い込み」や「思い」があるからだ。

「自分が思うランドクルーザー像と違う」からランクルじゃない、と言う人がいる。

プラドに限らず「再販ランクル70はナナマルじゃない」と言う人もいるし「ランクル250はランクルゃない」と言う人もいる。

人々が「客観的事実」と「自分(個人)の考え」をきちんと区別して書くなり、話すなりすれば、良いだけなのだが。

客観的事実として「プラドはランクルじゃない」は間違い。

個人が「プラドはランクルじゃない」と考えるのは憲法19条により自由。それを表現するのも憲法21条で(公共の福祉に反しない限り)自由。

何故ランクルじゃない、と考えるのかの理由なんてどーでもいい。嫌いだから、だけでもOK。

つまり、プラドは「自分が思う」ランドクルーザーではない。

こう言うなり書いてくれれば、「あぁ、あなたはそう思ってるのね、お好きにどうぞ」となる。

でも、世の中には「自分の考え=世間の常識」と勘違いして生きてる人が多いのも事実。

そういう人の「プラドはランクルじゃない(俺様の愛車こそランクルだ!)」という物言いが、世間に混乱と不快感を振り撒く事になる。

もちろん、発信する際に、それが「自分の考え」に決まってるから、その部分を省略している、と言う賢明な人もいるだろうが、事実と考えを明確に区別出来ている人は少数派だろう。

残念ながら他人の振る舞いは変えられない。まして成人に成長した人間のそれはダイヤモンドレベルに硬く、修正不能。

結局、

受け取る側が「プラドはランクルじゃない」「再販ランクル70はナナマルじゃない」「ランクル250はランクルじゃない」どれを見ても聞いても、「客観的事実とは違うんだけど、あなたの考えはそうなのね、お好きにどうぞ」と受け止める、これしかない。

しかし、言うは易し、現実はそうあっさり行きそうもない。

実は先日、78プラドに480万円前払いして中古車店倒産で被害を受けたという報道を見て、相場より高めだなぁ、と思ったので、SNSで「78プラドが480万円なんて事になってるのか•••」と呟いた。

そうしたところ「プラドオーナーに失礼!」みたいなコメントを書いた方がいた。よく分からんけど、どうやら長年虐げられてきたプラドの歴史により、プラドオーナー側に被害妄想的な思考が根付いて過剰反応してしまってるような感じもある。そんな事にまで気を使うほど暇でもない。

自分の車こそがランクルだと思うのも自由、でも、それで満足してるのなら、人の車をどうこう言う必要なんてないはず。

自分も盛り上がりに便乗して長々と自論蘊蓄書いといてなんだが、こんなくだらない議論に終止符が打たれて、皆が気持ちよくカーライフを楽しめる世の中になると良いですなぁ。

まぁ、こんな当たり前の事を書くと、「偉そうに」と興奮する人も居そうだが、これもまた「私の考え」にすぎないので、お好きにどうぞ、と受け止めていただくほかない。

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